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「味玉中華そば ¥850」@中華そば 麦萬の写真日曜日 晴天 17:10 待ちなし 後客2名

何度も何度も再訪するチャンスはあったのだが余りの好きさ加減に見送ってきたのがこちらだ。まだ二回の訪問だが前回も前々回も圧巻のクオリティに魅了され夢にまで見そうな存在のラーメンなのだ。そんな中でラーメン業界で最も権威のあるランキングに上位入賞したと吉報を耳にしたのだが、それ以降は自然と足が遠のいてしまっていた。

受賞前からも当然人気店ではあったが地元のおじさん方や家族づれで賑わうアットホームな雰囲気が魅力のひとつでもあった。それを若いご主人が一人で切り盛りする姿を見ると、例え待つ事があろうとも気にならない程だった。当時でも大変そうな様子だったので更に雑誌による人気が高まったと思うと心配で仕方なかった。

もちろんラーメンに真摯に向き合うご主人なので仕込みや味が雑になったり、商業的になるような心配は全く無かった。しかしご主人は変わらなくても我々のような客が店を変えてしまう事は多々ある事なので、それを最近は心配していたのだ。私はとにかくこちらの味と店の雰囲気が大好きなのでしばらくは遠くから見守っておこうと心に決めていた。

しかし今夜はそのタガが外れてしまった。と言うか自分で外したのだ。無性にあの雰囲気の中に身を沈めたくて気が付くと副都心線のホームに立っていた。自分自身の束縛から解放された私は自然とケニー・ロギンスの Footlooseを口ずさんでいた。〝自由にやろうぜ〟と。

最寄り駅の富士見台に着くまで同じフレーズを何回繰り返しただろうか。興奮を抑えながら夜の部の開店50分も前に現着してしまった。さすがに行列はなく店内の灯りだけを確認して周辺を散策する。ふじみ銀座を外れるとすぐに住宅街があるコンパクトな駅前だ。一本脇に入ると大型のギョウザ店が大繁盛して街には活気が溢れている。

ふじみ銀座を中心に八の字を書くように歩いたが15分もせずに戻って来てしまった。夜の部開店の20分前に先頭で待ち始めた。定刻より少し早く案内が始まり先頭で券売機の前へ。迷わず味玉付きの基本の醤油を発券しカウンターに座る。

心配していた観光地化は日曜日の夜の部なので免れたようだ。本日もワンオペだが過度ではない丁寧な接客がすごく心地よい。土日の昼の部はきっと多くの方が押し寄せて大変な事になっているのだろうが今夜は以前と同じ穏やかな空気が流れている。ゆっくりラーメンと自分に向き合いたい人には日曜の夜はオススメである。

落ち着いた心に響く昭和歌謡も感慨深く、それぞれの曲に当時のことを思い出す。シャネルズのランナウェイを聴きながら淡い思い出に浸っていると約二ヶ月ぶりの我が杯が到着した。

その姿はあの頃の青春時代を表すような淡い青磁の器の中でキラキラと輝いている。当時は辛かった思い出たちも今では眩しく光りを放つ。

まずは煮干しの銀皮が輝き、想い出のように澄み切ったセピア色のスープをひとくち。澄み切って見えるのは時が経ったからそう感じるだけで実際には苦味もあり、様々な旨味が重なっているからこその深みがあるスープだ。しかしその重なりの中には獣の要素はなく純粋に魚介の旨味だけで積み重ねてある。時には強く感じてしまう事もある醤油ダレだがこちらのカエシは常に優しくスープに丸い輪郭を与え、そっと見守ってくれる。

あの頃の想い出のようにキラキラと輝くのはスープの液面だけではない。透明感のある自家製の平打ち麺のエッジも同じように光を放ち続ける。人生は真っ直ぐな道だけではないと教えてくれるようなちぢれ麺はどんなに押されても潰されてもコシの強さを表に出し、何事も跳ね返すチカラを持っている。一本一本に違う個性がある事も教えてくれる。そんな力強さがある麺だが表情は滑らかで優しく、周りを傷つける事なく喉の奥へと滑り込んで行く。

具材の赤耳焼豚は私たちが青春時代に追い求めた流行りのファッションが必ず廃ることを知っていたかのような昔ながらの叉焼だ。あんなに肩パットの入ったスーツを恥ずかしげもなく羽織りディスコに通っていた日々をあざ笑うかのように落ち着いている。無理して買ったベンベーでナンパをしていた頃を思い出すと耳が赤くなるのは焼豚ではなくこっちの方だ。

追加の味玉の黄身もパプリカ色素で付けられた偽物の色とは違い本物ならではの派手さのない輝きがある。本来の旨みがあればこその薄味だが、味玉としての威厳は決して忘れていない。上辺だけに色付けされたフェイクまがいの味玉とは別物だ。それを思うと当時は携帯電話もなく自動車電話が最先端でナウかったのだが維持費も高くて契約できなかったので愛車のトランクの所に見栄でアンテナだけを付けていた私とは大違いだ。

メンマは大きさは不揃いだが丁寧に下処理されてひとつひとつが食感の違いを生んでいる。同じ味付けでも個性が光るとはこういう事なのかと感心する。それに対して若かりし日の私は友人達と3対3で合コンめいたディズニーデートに出かけたのだが、打ち合わせも何もしてないのに三人ともがド派手なセイラーズのスタジャンに裾だけが細いジーンズのお揃いコーデになってしまい個性などとは無縁だった事を思い出した。さらにはお相手の三人も全員がピンクハウスでキメていたのには驚いた。しかし誰よりも驚いたのはその6人と写真を撮ったミッキーとミニーだろう。

薬味は丁寧に薄く切られた青ねぎからは包丁の切れ味の良さが伝わってくる。玉ねぎも然りで大きさには差があるが切り口の鋭さから玉ねぎはみじん切りにされた事も気付いていないかのように刺激臭や辛味を出さず甘みだけを解き放つ。このように包丁ひとつの手入れを怠らない辺りにも職人の気質を感じる。それを思うとあの頃の自分と言えば、これまた無理して大枚をはたいて買ったイタリア製アルフレックス社のマレンコという当時流行っていた三人掛けのソファを飼っていた猫に家に届いたその日にボロボロにされたまま修理も手入れもせずに座っていたのを思い出した。もちろんその猫は当時大流行していたアメリカンショートヘアで流行りに洗脳されていた自分を恥ずかしく思う。

たった一杯のラーメンから、こんなにも昔を思い出すことが出来るとは思いもしなかった。それを後押しする店の雰囲気が、恥ずかしい過去を隠そうと閉ざしていた心の鍵を開けてくれたのかも知れない。この時にノスタルジックな店内に流れる昭和歌謡のBGMが、H2Oの「想い出がいっぱい」からアンルイスの「あゝ無情」に変わった時は有線放送の悪意を感じてしまった一杯でした。

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