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kaminshijimi

男性

台東区・中央区あたりが活動拠点。いい加減な糖質制限をしながらラーメンも食すことを目指す。

平均点 82.429点
最終レビュー日 2019年8月5日
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レビュー 店舗 スキ いいね

「チャーシュー麺(塩)+ 煮玉子」@神名備の写真チャーシューで残念な思いをすることが最近多いので、流行を追わない、かつ、本格的なチャーシューをいくつか食べてみようと思い立つ。そこで神名備へ。初体験である。西日暮里は近いようで遠い。用事がない限り来る場所ではないし、この近辺に用事があることは決してないので…


  開店時刻ちょうどに入店すると、すでに先客が数名カウンターに腰かけている。券売機を探したが、ない。接客の奥方が「どうぞこちらに」とテーブル席の方に手招きする。券売機はないのか、ではと、カウンターの隅に腰かけようとすると、奥方がまた「いいえ、空いてますので、テーブル席にどうぞ」と。そこまで言われるならば、断るのも失礼なので、テーブルの方に着席する。キャパシティーの関係で、カウンターの隅から順番に着席させる店があるが(やむを得ないかなと思いながら、ときに不快になることもある)、そんな機械的な客の捌き(さばき)方とは、えらい違いだなと思った。

  メニューをもってきた奥方が、「何になさいますか、ごゆっくりお時間をかけて選んでいただいて構いませんよ」とおっしゃってくれたが、こちらとしては、最初からチャーシュー麺(塩)にしようと決めていたので、その旨を告げた。いったん注文を小声で復唱しながら、奥方は「普通のラーメンにも大きなチャーシューが一つ載っていますよ。それに、チャーシュー麺にしますと、チャーシューが何本も載っているので、スープが少し冷めてしまいますし、塩気が強くなりますよ」とおっしゃる。しかし、こちらとしては、チャーシュー麺を食べるためにここに来たので、ここで節を曲げるわけにはいかない。だから「いえ、それでいいんです」と答えたうえで、「それよりも、麺少なめは出来ますか?」と尋ねると、「それは出来ます。出来ますけど、麺が少ないと、さらに塩気が感じられますけれど」と奥方はおっしゃる。なぜか奥方は塩気を気になさっているようだが、(だいぶいい加減な)糖質制限中のこちらとしては、麺は多くなくていいので「大丈夫です」とだけ答えた。

 それでいったん奥に下がった奥方がおしぼりをもって来たついでに「麺はお残しになっても構いませんので」とおっしゃる。「麺量を普通にしたらどうでしょう」と言いたいのであろう、う~ん、そこまで塩気のことを気にかけてくれるならば、仕方がない、「では、普通の量でお願いします」と、最後にはこちらが折れる格好になった。


 もう、この時点で、私の関心はラーメンから奥方の方にだいぶ移っている。上で書いたやり取りを文字だけで追うと、客の注文を奥方がまぜっ返しているように見えるかもしれないが、私はとくに不快には思わなかったし、むしろ、そこには配慮のようなものを感じたのでありがたく聞いていた。しかし、塩気を気にするのは何故か? 麺少な目よりは普通が良い、チャーシュー麺よりは普通のラーメンの方がよい、と勧めるかのようにするのは何故か? 最初はその理由がよくわからなかった。言葉の端々から感じとれたのは、私がこの店が初めてであることが奥方には判っていたということ。しかし、なぜ私がここは初めてなのかが判るのかも不思議だった。たぶん、驚異的な記憶力の持ち主で、彼女の脳裏のデータベースに格納されているどの情報とも、私の顔が一致しないのだろうと、店にいたときは、そう考えていた。しかし、すこし後から考えると、店に入ったときに券売機を探すような様子から、この客は初めてにちがいないと瞬時に察したのだろう。最初に入った店では、一番スタンダードなものを注文するのが筋というもの。チャーシュー麺にしたり麺を少なくすることで、少し印象が悪くなったらどうしよう、それは店にとってもだが、客にとっても残念な結果になるかもしれない、という気遣いが働いていたのだろう。だからさりげなく、チャーシュー麺よりは普通の方がよろしいのでは、という口ぶりになったのだろうと推測される。ひょっとしたら、カウンターではなくあえてテーブル席に招いてくれたのも、初めての客に対する、ささやかなサービスだったのかもしれない。何という目配りと気配り。そんなことをあれこれを思いめぐらしていくうちに、この奥方のもてなしの天分に対する讃嘆の念が自然と湧きあがってきたのであった。


 大崎裕史に言わせると、「神名備」は「「こうかいぼう」「天虎」と並んで3大優良女性接客店」とのこと(https://ramendb.supleks.jp/ippai/3Yvrb0j1)。他の二店は知らないのだが、仮にそんなジャンルを作るならば、この店は、間違いなくトップに来るに違いない。ただし、「接客」と言ってしまうと商売上の姿勢という(ちょっと、ビジネスライクな)意味合いになってしまう。客捌きのノウハウを十二分に心得ていてそれを過不足なく発揮する能力という意味になってしまう。しかし、私が体験したのは、それとは少し違って、人に対する際立った思いやりと言うべきものだった。


 さて、肝心のチャーシュー麺であるが、チャーシューを入れるため小鉢を奥方がもってきてくれたので、一本のチャーシューを残して他は小鉢に移すことで、スープが冷めることもなく最後まで美味しくいただけた。実際に食べてみて実感できたが、これは、チャーシュー麺ではなく、チャーシューにトッピングとして麺とスープが付属している食べ物なのである。チャーシューは美味でホロホロ崩れ食べやすく、いくら食べても飽きが来ることはなかった。やはり、チャーシュー麺にして正解だと思った。麺もスープもチャーシューの味を邪魔しないわき役の存在に徹しきっているように感じられた。わずかながらのモヤシも歯ごたえがあって存在感を出していたし、これもわずかながら、まぶされたカツオ節も無化調のスープに風味を加えていた。普通の量にした麺も、あの大量のチャーシューを食べる際の箸休めとしては、丁度よい量だったことが判明。しかし、食べ終わりの頃になると、やはり、塩気が少し気になったので、欲を言えば、野菜のトッピングが少しあってもいいかなとは思った。


 私は店の人と気やすく会話を交わすことはめったにないのだが、会計の際、奥方に「結局、麺を全部食べてしまいました」と少し照れ臭そうに言ったら、「そうでしたか」と奥方は破顔一笑。文字通り、破れるほど崩れたような笑顔を返してくれた。このような笑顔を間近で目にするのは、ついぞない経験であった。飲食店ではめったに得られない暖かな気持ちになって、私は帰路についたのであった。

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