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「チャシュウメン(580円)」@福寿の写真新・東京横濱ノスタルジックラーメン紀行 其の九

 昔懐かしい味ではなかった。不満かというと、それはない。濃い目のスープは、源(もと)と呼ばれる醤油ダレが強い。結構ラードが浮いているのであっさり、ではないが、それほど重たいものでもない。

 甘味が鼻腔をかけて行く。そう、先代はかつて新宿で日本蕎麦屋を開いていたそうだ。笹塚に移ったが、近所に同業がいた。だから、中華そば屋になったという。その名残。

 羽釜はもう引退したようだ。その隣、相当ヒビが入った竈にかけた大きな鉄鍋。麺を茹でる時間は30秒もない。火力が強いし、熱が鍋にダイレクトに伝わるから茹で時間は短い。しかし、ちゃんと茹で上がっている。カタメの縮れ麺は、スープと共に絶妙なハーモニーを奏でるようだ。

 具は潔いほどあっさりしている。小さくペラペラなチャーシュー4枚、メンマ、少量のネギ。それだけ。「東京醤油ラーメン」に定番のナルトもない、青菜も海苔もない。

 物足りないということはない。味に関しては相当な個性を感じる。六十五年もの間、店を開いていられるのには、ちゃんと理由がある。こんなラーメンは、他所では喰えない。

 この店を先代が開いたのは、ボクの両親はまだ出会ってもいない、昭和二十六年。一月三日に初の紅白歌合戦開催。六月になるとNHKはテレビ初の実験実況中継を放映した。夏には初のプロ野球オールスター戦、秋にはサンフランシスコ講和会議が開かれた。あの丘超えてを美空ひばりが歌ったそんな年。

 平成二十八年十一月、小春日和の日曜日。京王線笹塚駅から甲州街道を渡って十号通り商店街を抜け、十号坂商店街へ。その名の通り、緩やかな坂を下りきった、信号の手前。

 そこの区画だけ、時代に取り残されていた。

 いや、時間の流れを頑なに拒んでいるようだ。

 メディアでたびたび取り上げられ、ノス系ラーメンの代表格のような店。だが、曖昧な営業開始時刻がボクの足を遠のけていた。だけれど・・・

 ガタガタと音を立てるガラス戸の向こうは、店外同様、時間が相当遡っていた。タイムマシンって、もしかすると、あるんではないか。

 やや傾いたカウンターを挟んで麺を茹でる主(あるじ)。前の客の分を茹でているその貌は、真剣だ。だから入って来たボクにも気づかないのか、いらっしゃい、もない。

 主の周囲は羽釜、竈、鉄鍋。背後には雑誌など多数置かれた棚。以前はなんと! 「薪」置き場だったそうだ。そして頭上に『天人常充満』と染めた暖簾。店の奥には『慈眼視衆(生)』の暖簾。

 

 赤い丸椅子。剥げたテーブル。ブラウン管テレビ。VHSビデオレコーダー。
 そして、唯一無二のラーメン。
 時の流れなんてものは無視する、こんな店が、まだあって良かった。

 
 「時間」という輩は、時に無慈悲に、老舗を飲み込んで消し去っていく。五十年の歴史があろうが百年営業していようが、明日もその店がそこにある保証なんか、どこにも、ない。一度でも食べていればその味は舌に記憶されるだろうが、未訪のまま閉店されてしまっては、未来永劫、その店でどんなラーメンが喰えたのか、知らずに終わる。

 そんな当然のことを妙に意識し始めたのは、ボクも齢を取ったからだ。これから生きる時間は、今まで生きてきた時間より、ずっと、ずっと、短い。八十歳まで生きることができたとしても、もう人生は残り四分の一。

 いや、七十歳になったら、食ももっと細くなる、ことによったら、足腰が弱って遠出なんかできなくなるかも、だ。視力も衰え、車の運転もできはしない? そうしたら、あと十年ちょっとしか食べ歩きができないではないか。

 いやいや、六十五歳で認知症になるかも知れない。女房が先に逝って、精神的に落ち込んで、鬱になって外出すらままならず、かも知れず。人生なんて、明日すら見通せないんだ。
 
 だから、いまのうち。行けるうち。
 だから、明日もノス系だ。

 

 タイムマシンなんか、ないんだよ。

投稿 | コメント (7) | このお店へのレビュー: 1件

コメント

こんにちは
ここは私も行きたいお店です。BMしてますよ。
時間が止まったようなお店の他店では味わえない独特のラーメン。
早めにいかなくちゃと思っています。
私ももうすぐノスタあげますよ。誰も知らない街中華ですが。

mocopapa | 2016年11月14日 17:36

そうですね。
いつ美味しいものを食べられなくなるか?
そう思うと、店選びに慎重になります。
行ってみたいお店は数あれど、
何度でも行きたいお店も多過ぎて (^^;;

NORTH | 2016年11月14日 17:47

ぶるさん・・・・なんと言う素敵なシリーズなんでしょう。
これ、自分がしたかったっすよ、いやマジで。
まずは、玉屋から追いかけてみようと・・・。

このシリーズ、相変わらず「読ませ」ますね!
ラーメンの何たるかを考えさせられます。
でも、メニュー名からも、チャーシューはもうちょい奮発してほしい、
なんてことを言ってはいけないのでしょうけど。

GT猫(冬期離席中) | 2016年11月15日 02:35

こんにちは。
時間が止まったような店ですか。
早く行かないとなくなっちゃいますね〜

kamepi- | 2016年11月15日 09:23

こんばんは!

ノスタシリーズ、早くも9本目ですね。
それにしても郷愁をかき立てられるお店の多いこと!さすが東京ですね。

尼茶(検診結果危険!) | 2016年11月15日 18:46

おばんです。
今回のショートエッセイも良いですね♪
楽しませていただきました。
やがては否応無しにやってくるゴール、ですね。

おゆ | 2016年11月16日 01:16